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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)7175号 判決

原告

平田文章

ほか三名

被告

真法太

ほか二名

主文

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告文章に対し一四、六五三、一二九円および内一二、七〇三、一二九円に対する被告太、同昇荘は昭和四四年一二月二九日から、被告株式会社重松本店(以下、被告会社という。)は同年一二月二八日から、支払済まで年五分の割合による金員、その余の原告らに対し各五六五、〇〇〇円および各内五〇〇、〇〇〇円に対する各被告につき各前同日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和四三年二月二九日午後一一時四〇分頃

2  場所 大阪市阿倍野区旭町一丁目一番四号先路上

3  加害車 普通乗用自動車(泉五す六七七七号)

右運転者 被告太

4  被害者 原告文章

5  態様 前記道路を横断歩行中の原告文章に加害車が衝突し、原告文章は転倒した。

二  責任原因

1  被告太

(一) 運行供用者責任(自賠法三条)

被告太は加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

(二) 一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告太は自車の進路左側を追い抜いて来たタクシーに気を奪われ前方不注視の過失により本件事故を発生させた。

2  被告昇荘(運行供用者責任―自賠法三条)

被告昇荘は被告太の父で、加害車の購入費、維持費の一部を負担し、かつ家族の便宜および自己の営む鉄工業のため加害車を使用し、加害車に対する運行支配、運行利益を有していた。

3  被告会社(運行供用者責任―自賠法三条)

被告会社は被告太を外交係として雇傭し、加害車を業務のため使用させ、加害車に対する運行支配、運行利益を有していた。

三  損害

1  受傷、治療経過等

(一) 受傷

原告文章は本件事故により右脛、腓骨骨折、右骨盤骨折、右橈骨骨折、膀胱破裂の傷害を受けた。

(二) 治療経過

昭和四三年三月一日から昭和四四年二月一日まで入院加療し、以後同年八月中旬までは起居不能であつたため自宅療養し、その後通院加療を続けているが、なお再入院が必要である。

(三) 後遺症

右足短縮、右膝、右手首等屈曲制限、頭痛、吐気、目の充血等の症状が後遺している。

2  治療関係費

(一) 治療費

一、一八六、三一一円(ただし、昭和四三年三月一日から昭和四四年八月三一日までの治療費全額と同年九月一日から同年一一月二六日までの治療費の一部)

(二) 付添費

五二〇、五二〇円(前記入院期間中一日一、五四〇円宛)

(三) 入院雑費

一〇一、四〇〇円(前記入院期間中一日三〇〇円宛)

(四) 通院交通費

三、〇八〇円

(五) 松葉杖ゴム代

四〇〇円

3 逸失利益

原告文章は、事故当時満三六才で昭和四三年二月半頃より井筒屋食品に勤務し、事故当時は試用中であつたが、間もなく本採用の予定で、同年三月からは一カ月六〇、〇〇〇円を下らない給与を得ることが確実であつた。

しかるに、本件事故により昭和四三年三月一日から昭和四四年一二月末日まで全く就労不能で、かつこの状態は爾後一間は継続し、その後昭和四六年一月一日から二五年間稼働しうべきところ、右就労可能の間は前記後遺症により労働能力を八〇パーセント喪失したものであるから、右逸失利益を合計(ただし、将来分についてはホフマン式計算方法により中間利息を控除する。)すると一〇、八九一、四一八円となる。〔計算式六〇、〇〇〇×二二+六〇、〇〇〇×一二×〇・九五二三八〇九五+六〇、〇〇〇×一二×〇・八×(一六・三七八九五一六六-〇・九五二三八〇九五)〕

4 慰藉料

(一)  原告文章

二、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

(二) その余の原告ら

前記原告文章の傷害は死亡にも比すべき重傷であり、原告寿子は原告文章の妻として、同哲也は原告文章の子として、同馬場は原告文章の義父(原告寿子の実父で原告文章と同居中)として、著しい精神的苦痛を受けたので、これを慰藉するには各五〇〇、〇〇〇円が相当である。

5 弁護士費用

原告文章一、九五〇、〇〇〇円、その余の原告ら各六五、〇〇〇円が相当である。

四  損害の填補

原告文章は被告太より二、〇〇〇、〇〇〇円を受領した。

五  本訴請求

よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決(弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。

第三請求原因に対する認否

一  被告太、同昇荘

1  請求原因一は認める。

2  同二1(一)は認め、同二1(二)、同二2は争う。

3  同三は争う。

二  被告会社

1  請求原因一、三は争う。

2  同二3の内被告会社が被告太を雇傭していたことは認めるが、その余は争う。

被告会社は、社員が自己所有自動車を会社の業務に使用することはもとより通勤に利用することも認めたことはなく、事故当時、被告太は会社に対し電車で通勤する旨届出ており、被告会社はそれに相当する通勤手当を支給している。

第四被告らの抗弁

一  被告太、同昇荘

1  免責

本件事故は、原告文章が安全柵のある横断禁止地点を酒に酔つて、突然加害車の前面に飛び出してきた結果発生したもので、原告文章の一方的過失によるものであるから被告太に過失はなく、被告らは免責される。

2  示談

昭和四三年七月一日、原告文章と被告太の間に本件事故につき、被告太が、原告文章のそれまでに要した治療費六二〇、〇〇〇円、付添費二五九、二三〇円、生活費二八〇、〇〇〇円を支払う他、将来の治療費や後遺症に対する賠償等右以外の一切の損害賠償として二、〇〇〇、〇〇〇円(以上合計三、一五九、二三〇円)を支払つて解決する旨の示談が成立した。

被告太は原告文章に対し右金員をいずれも支払つたのみならず、昭和四五年一二月頃にも原告文章より生活が困つている等言われたので、被告太が加害者請求により支払いを受けていた後遺症に対する自賠責保険金相当額七〇〇、〇〇〇円(これは前記示談の際、被告太において取得してよい旨の話合になつていた)を更に追加して原告文章に渡すことになり、これをその頃支払つた。

以上の経緯により、本件は一切解決済みである。

二  被告会社

本件事故は、被告太が退社後同人の私用中の事故であり、仮に被告会社に運行供用者性が認められるとしても、本件事故発生の際における加害車の運行については運行支配、運行利益を喪失していたものである。

仮に右主張が理由がないとしても、相被告太、昇荘の免責、示談の抗弁を援用する。

第五抗弁に対する認否

一  被告太、昇荘の抗弁について

1  免責の抗弁は争う。

2  示談の抗弁の内、被告主張の日時に示談が成立したこと、被告主張の金員の内保険金相当額七〇〇、〇〇〇円を含め二、八八〇、〇〇〇円受領していることを認め、その余は争う。

ただし、右日時に成立した示談の内容は、被告主張とは異り、次のとおりであつた。すなわち、(1)被告太は示談成立日までの治療費、付添費を負担し、その後の治療費、付添費は原告文章が負担する、(2)被告太は原告文章に対し示談金として四〇〇万円および本件事故に対し支払らわれる保険金全額を支払う、(3)仮りに原告文章が退院後も従来どおり働けない場合は、被告太の代理人ないし代理人と同視すべき本件示談の立会人押川年晴が、同人の会社で原告文章を雇傭し、一ケ月の給与一〇万円ないし二〇万円を支給する、(4)原告文章はその余の請求をしない、というものであつた。

二  被告会社の抗弁について

争う。

第六示談の抗弁に対する原告らの再抗弁

一  原告文章が本件示談に応じた昭和四三年七月一日の時点では、同原告は入院中で、未だその後の治療の必要性、程度、後遺症の有無、程度等いずれも不明で、損害が適確に把握できない状況にあつたのであるが、同原告としては一年位で全治するものと思い本件示談に応じたところ、予想に反して治療が長びき、諸種の後遺症が生じた。従つて本件示談当時原告文章において損害の数額について錯誤があつたというべきであるから、本件示談は無効である。

二  仮に本件示談の内容が原告主張どおりであるとすれば、被告太らは原告文章に対し、原告文章が退院後従前どおり働けない場合には前記押川年晴が原告文章を雇傭して一カ月一〇万円ないし二〇万円の給与を支給する旨約束したので、右約束を信じて示談に応じたものであるから、右示談は錯誤により無効である。

第七再抗弁に対する認否

争う。

理由

第一事故の発生

請求原因一の事実は原告らと被告太、同昇荘との間では争いがない。

〔証拠略〕によれば請求原因一の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

第二責任原因

一  被告太

請求原因二1(一)(運行供用者責任)の事実は当事者間に争いがない。従つて、被告太は自賠法三条により、後記免責の抗弁が認められない限り本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。

二  被告昇荘(運行供用者責任)

〔証拠略〕によれば、被告昇荘は被告太の父であることが認められるが、更に進んで被告昇荘が加害車に対し運行支配、運行利益を有していたことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて〔証拠略〕によれば、被告太は昭和四二年一一月頃、兄より同人が従前使用していた加害車を四万円位で買い受け、自己名義としたうえ、専ら遊びや勤め先への通勤等自己の用途に使用し、購入費はもとより維持費等一切の費用を自ら負担していたものであり、被告昇荘は加害車を利用、支配していなかつたことが認められる。

従つて、被告昇荘に対する本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく失当である。

三  被告会社(運行供用者責任)

〔証拠略〕によれば、被告会社は医薬品の卸を業とし、被告太は事故当時被告会社に営業担当の社員として勤務していたこと(被告太が被告会社に雇傭されていたことは当事者間に争いがない。)、被告会社には当時、営業用に使用されていた会社所有自動車が一三〇台位あり、営業社員の多くはその職務の性質上社外に出ることが多いため会社より自動車を割り当てられ、それを業務用、通勤用に使用し、建前としては、会社所有自動車以外の自動車を業務用に使用することは禁じられていたこと、被告太は事故当時自動車を割り当てられておらず(その後昭和四三年五月に割り当てられている。)、会社から定期代に相当する通勤手当を支給され、一応電車で通勤するようになつていたが、前記二認定のとおり加害車を購入して後は通勤や職務上の便宜から、一週間に二日ないし三日加害車で通勤し、その際には会社のガレージを駐車のため利用し、また、得意先の接待や荷物の配送など被告会社の業務のためにも利用していたこと、遠距離の地まで加害車を業務上使用した場合は、被告会社から給油チケツトの支給を受け、会社が専属的に利用している給油所において右チケツトを利用してガソリンを給油していたこと、被告太の右のような加害車の使用状況についてはいずれも被告太の上司の知るところであり、前記のような建前にもかかわらずいわば黙認されていたこと、が認められる。

右認定に反する〔証拠略〕は被告太の供述に照し未だ右認定を覆すに足らず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告太は被告会社の社員であるところ、加害車は被告会社の業務にも相当利用され、かつ被告会社においてもこれを黙認し、ガレージやチケツトの利用など便宜を供与していたものと認められるから、被告会社は加害車に対する運行支配、運行利益を有し運行供用者の地位にあつたものと認めるのが相当である。

従つて、被告会社は事故当時加害車の運行支配を喪失する等特段の事情がない限り、自賠法三条により、本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。

ところで、被告会社は本件事故発生の際には加害車に対する運行支配、運行利益を喪失していた旨抗弁するので、この点について判断する。

〔証拠略〕によれば、被告太は事故当日加害車で出勤し、当日は棚卸し作業があつたため午後八時頃まで会社で仕事をし、その後午後一〇時三〇分頃まで社内で同僚と雑談し、どちらからともなく誘い合つて同僚の坂本正が泊りがけで被告太の自宅まで遊びに行くということになつたため、坂本を加害車に同乗させて会社を出、途中飲食店に立ち寄つてビール各大びん一本半位、ギヨウザを飲食して店を出、加害車を運転して帰宅途中本件事故に遭遇したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故は会社の業務に従事中の事故ではないが、会社より帰宅途中の事故であり、前認定の会社と被告太との関係、会社の加害車に対する運行支配、運行利益の帰属の態様、事故発生までの加害車の運行状況、時間的、場所的関係からすれば、本件事故発生の際において、未だ被告会社において加害車に対する運行支配を喪失していたものと認めることはできず、他に被告会社の右主張を認めるに足りる証拠はない。

第三免責

〔証拠略〕を総合すれば、

1  本件事故現場は、東西に通ずるアスフアルト舗装された幅員一七・二米の直線道路上で、現場道路は中央線によりそれぞれ三車線の東行、西行車線に区分され、両車線とも第一車線の幅員は二・六米、第二、三車線の幅員は各三米であり、道路両側には幅員約四米の歩道が設置され、歩道を隔ててほぼ事故現場と相対する位置に道路北側には電報管理局の建物が、道路南側にはアポロ会館の建物が存し、事故現場より約一六・二米西の地点に横断歩道が設置されていて、現場付近は横断禁止の交通規制がなされ、最高速度は時速四〇粁と指定されていたこと、事故当時降雨のため路面が湿潤し、また、運転上ワイパーを使用する必要があつたが前方の見とおしは良好であつたこと、事故当時は夜間のため比較的交通量が少なかつたこと、

2  被告太は加害車を運転して現場道路東行第三車線を時速四〇粁で東進し、現場付近にさしかかつた際、前方二〇ないし三〇米の前記電報管理局前付近の車道端に停車しているタクシーを認めたが、気にもとめずにそのまゝ進行し、前記横断歩道を通過後間もなく後方より第二車線を進行してきた別のタクシーに追い抜かれ、間なしにそのタクシーのブレーキランプが点灯するのを認めたのでその方を見ながら軽く制動し、時速三五粁に減速して約六・三米進行したところ、初めて原告文章が現場道路を北から南に横断しているのを前方三・二米の地点に発見し、急制動の措置をとつたが間にあわず加害車左前部を原告文章に衝突させたこと、

3  原告文章は前記電報管理局の前付近でタクシーを降り、タクシーの前をまわつて妻と待ち合せの約束をしていた前記アポロ会館にむかつて、現場道路を、折から雨のため傘を所持していなかつたこともあつて小走りで北から南に横断中加害車に衝突されたこと、

以上の事実が認められる。

右認定に反する〔証拠略〕は、前掲甲二一号証、甲一四号証、被告太本人尋問の結果に照らし容易に信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、横断禁止場所であつても夜間交通量の少い場合や、雨が降つている等急ぐ必要のある場合にはあえて横断する者のあることはしばしば経験されることであるが、右認定事実によれば、事故当時は夜間で交通量も比較的少く、雨降りであり、しかも被告太は前方二〇ないし三〇米の地点に乗客が降車したと容易に推認されるタクシーが停車しているのを認めているのであるから、右状況の下ではタクシーの乗客たる原告文章が相当急いで道路を横断することのあることは十分予想され、かつ第三車線を走行しているのであるから時に第二車線を走行する車両によつて左方の視界が妨げられるおそれがあり、また路面の湿潤のため事故発生の危険性が大きいのであるから、被告太としては当然タクシーの停車しているのを認めた時点で前方左右の安全確認を厳にし、減速徐行すべき注意義務があるのにこれを怠り漫然時速四〇粁ないし三五粁で進行し、かつ左前方の安全確認を怠つた過失があるものと認められる。(なお、前記第二の三で認定したとおり被告太には事故前飲酒している事実が認められるが、前掲各証拠によれば、右飲酒の事実は加害車の運転に支障を来す程の影響はなく、本件事故発生の原因とはなつていないと認められる。)

従つて、被告太の免責の抗弁はその余の判断をするまでもなく失当である。

第四損害

一  受傷、治療経過等

1  受傷

〔証拠略〕によれば、原告文章は本件事故により、右脛骨、腓骨骨折、右橈骨骨折、右骨盤骨折、膀胱破裂の傷害を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  治療経過

〔証拠略〕を総合すれば、原告文章は事故後直ちに大阪府立病院に搬送され、昭和四三年三月一日(搬送時には三月一日になつていたもの。)から翌四四年二月一日まで同病院に入院加療し、ついで同病院に週二回程通院して治療を受けていたが、同年一〇月二二日頃から、事故時より五年程前に罹患し、一応症状がおさまつていたがなお瘻孔を形成していた右大腿骨骨髄炎が顕在化し、同年一一月八日には骨髄炎再発と診断され、その頃は本件事故による前記傷害については後療法である運動療法が開始されていたが、右骨髄炎の治療がこれと並行して行なわれるようになり、同年一二月頃まで通院していたこと、その後は専ら骨髄炎の治療のため、昭和四五年三月三〇日頃から少くとも昭和四七年五月末頃までの間、後藤診療所に通院していること、なお、その間昭和四五年四月頃にも骨髄炎の治療のため大阪府立病院に通院していることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

なお、右大腿骨骨髄炎と本件事故の因果関係について検討するに、骨髄炎に罹患したこと自体が本件事故と因果関係のないことは右認定の事実により明らかであり、再発についても〔証拠略〕によれば、本件事故が原因となる可能性は一般的に乏しいということが認められるから、条件的な因果関係は皆無とはいえないとしても、法律上相当因果関係の存在は到底認めることができない。

3  後遺症

前記2(治療経過)認定の事実、〔証拠略〕によれば、本件事故による傷害の主たる後遺症状として、右下肢が四糎短縮し、右手関筋の運動が制限され、右膝関節は屈曲が一五〇度程度に制限されている他、頻尿、気候の変化による愁訴に悩まされており、これら症状は後療法が開始されて後遅くとも後遺症に対する自賠責保険金が支払らわれた昭和四五年三月末頃までに固定したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

〔証拠略〕によれば、同人は右足のうずき、腫れの症状に悩んでいることが認められるが、右症状が本件事故に基因するものと認めるに足りる証拠はなく、むしろ前記治療経過からみて、右は骨髄炎に原因すると推認されるので、本件事故と相当因果関係ある後遺症とは認められない。

二  治療関係費

1  治療費

前記認定の治療経過の事実によれば、本件事故と相当因果関係ある治療費は骨髄炎に対するものを除いた大阪府立病院における治療費のみと認められるところ、〔証拠略〕によれば、原告文章は、本件事故による傷病の大阪府立病院における治療費として、昭和四四年一一月二六日までに八一〇、八七八円、その後一九四円、合計八一一、〇七二円を要したことが認められ、右を超える原告主張の治療費についてはこれを認めるに足りる証拠はない。(なお、原告は昭和四四年一一月二六日までの治療費のみを請求しているようであるが、要は本件事故に原因する治療費請求と解されるのでその後の治療費についても証拠上判明する限りにおいて右のとおり認定する。)

また、〔証拠略〕にも大阪府立病院に対する治療費の記載があるが、〔証拠略〕と対比するときは、右により認められる治療費は、〔証拠略〕により認められる治療費と重複しているものと認められる。

2  付添費

〔証拠略〕によれば、原告文章は前記入院期間中、昭和四三年一一月頃までの間、職業的付添婦による付添を要し、その費用として、四四七、〇三〇円を要したことが認められ、右を超える原告主張の付添費用についてはこれを認めるに足りる証拠はない。

3  入院雑費

前記入院期間(計算上三三八日となる。)中、一日三〇〇円宛合計一〇一、四〇〇円、原告文章が入院雑費を要したことは経験則上相当と認められる。

4  通院交通費(認めない。)

右費用を原告文章が要したことを認めるに足りる証拠はない。

5  松葉杖ゴム代

〔証拠略〕によれば、原告文章は右費用として四〇〇円支出し、同額の損害を受けたことが認められる。

三  逸失利益

1  原告文章の職業、収入

〔証拠略〕によれば、原告文章は事故当時満三五歳で、金融業のイズミ産業や、隅村商事に勤務した後、昭和四三年二月二五日頃から給食を業とする井筒屋こと井関浩吉方に仮雇いという形で日給一、五〇〇円で事務見習として勤務し、間もなく本件事故に遭遇し、勤務が不能となつたものであるが、そのまゝ勤務を継続していれば同年三月五日頃から営業事務員として正式に採用され、一ケ月六〇、〇〇〇円を下らない給与を得る予定であつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の原告の年令、職歴および事故発生時等に照らせば、原告文章は前認定のとおり骨髄炎の宿痾があるとしても昭和四三年三月以降就労可能の間はその主張にかかる一ケ月六〇、〇〇〇円を下らない収入をあげ得たものと認められる。

2  休業損害

前記認定の治療経過、後遺症の事実に照らせば、原告文章は、本件事故後、これによる後遺症の症状が固定した昭和四五年三月末日頃までの二五ケ月間は全く就労不能であつたと認められるから、休業損害は一、五〇〇、〇〇〇円となる。(算式六〇、〇〇〇×二五=一、五〇〇、〇〇〇)(なお、休業損害については原告主張の遅延損害金の起算日、休業期間を考慮し、中間利息を控除しないこととする。)

3  将来の逸失利益

前認定の後遺症の部位、程度に照らせば、原告文章は症状固定時以降就労可能と認められる二六年間、その労働能力を四五パーセント喪失したものと認められるから、年毎ホフマン式計算方法により年五分の中間利息を控除して症状固定時の現価を求めると五、三〇六、七六三円となる。(算式六〇、〇〇〇×一二×〇・四五×一六・三七八九=五、三〇六、七六三)

四  慰藉料

1  原告文章

前認定の原告文章の入通院の状況、後遺症の部位、程度等諸般の事情を考慮し、慰藉料は二、〇〇〇、〇〇〇円が相当と認められる。

2  その余の原告ら

その余の原告らは、〔証拠略〕により原告文章の妻、子、同居の親族と認められるところ、前認定の原告文章の傷害の程度からすれば、未だ死亡に比肩すべき場合とは認められないので、その余の原告らの慰藉料請求を認めることはできない。

第五過失相殺

被告太の免責の主張には過失相殺の主張も併せ含むものと解されるところ、前記第三(免責)認定の本件事故の態様によれば、本件事故現場道路は横断が禁止されていて、現場より一六・二米四側の比較的近距離の地点に横断歩道が設置されていたにもかかわらず、原告文章は左右の安全を十分確認せず、あえて、しかも小走りで横断禁止に違反して現場道路を横断した過失があると認められ、事故当時の交通量、天候、被告太の前記過失等を考慮してもなお、原告文章の右過失は本件事故発生につき相当重要な原因となつていると認められるから、原告文章の本件事故による損害につき過失相殺し、その六割を減ずるのが相当と認められる。

ところで前記第四認定の原告文章の損害を合計すると一〇、一六六、六六五円(算式、八二、〇七二+四四七、〇三〇+一〇一、四〇〇+四〇〇+一、五〇〇、〇〇〇+五、三〇六、七六三+二、〇〇〇、〇〇〇=一〇、一六六、六六五)となり、これを過失相殺して六割を減ずると四、〇六六、六六六円となり、これが被告太、被告会社に対し原告文章が本件事故による損害として請求し得べき金額ということになる。

第六示談

〔証拠略〕を総合すれば、

一  本件事故後間もなく、被告太は、原告文章の妻、知人の石上正夫らと話合つて、とりあえず原告文章の治療費、付添費、生活費名下に休業補償として一ケ月七〇、〇〇〇円を支払うことを約し、これを覆行してきたこと、

二  しかし、被告太において支払いが苦しくなり、支払いが遅れたこともあつて、被告太、原告文章とも、更に示談を進める意向が強くなり、四、五回折衝の後、昭和四三年七月一日、原告文章側として石上正夫、被告太側として押川年晴立会の上、被告太は、それまでに被告太が支払つた治療費、付添費、休業補償の他に二、〇〇〇、〇〇〇円を本件事故の損害賠償として原告文章に対し支払つて一切を解決する旨の示談が原告と被告太との間に成立したこと(示談の成立は当事者間に争いがない。)、

三  その結果、被告太は原告文章に対し、示談当日に一、五〇〇、〇〇〇円を支払い、その後三〇〇、〇〇〇円と二〇〇、〇〇〇円に分割して残金を支払つたこと、

四  しかし、その後の昭和四四年一二月頃、被告太は原告文章より生活の苦しさを訴えられたため、既払分に加えて更に、後遺症に対する自賠責保険金(前記示談の際、被告太において取得してよい旨の話合になつていたもの)を原告文章において受領取得してよい旨の話合が原告文章と被告太との間に成立し、翌昭和四五年三月頃原告文章は右保険金七〇〇、〇〇〇円を受領したこと。

五  前記示談当日である昭和四三年七月一日の時点では事故後四ケ月足らずで原告文章は入院中であり、後遺症として右足が短縮することは一応予想されていたが、その余の後遺症の部位、程度また将来の治療の必要性と程度は必ずしも明確ではなかつたが、後遺症に対する自賠責任保険金を受領してもよいとした昭和四四年一二月頃の時点では、前記治療経過でも認定したとおり、既に後遺症に対する後療法も開始されていて、後遺症の部位、程度等その内容は明らかであつたこと、

六  示談当日の昭和四三年七月一日までに被告太が支払つた治療費は前掲証拠上判明する限りで四八五、三一一円(これは、〔証拠略〕より昭和四三年四月三〇日までの治療費と認められ、その後同年六月三〇日までは前認定のとおり被告太において治療費を払つているものと認められるが、その額を認めるに足りる証拠がない。)、付添費は二四二、二一〇円、休業補償は四ケ月分(昭和四三年三月から六月まで)二八〇、〇〇〇円であつたこと、

以上の事実が認められ、右認定反する〔証拠略〕は、〔証拠略〕に照らし容易に信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、示談の成立した昭和四三年七月一日の時点では、事故後比較的間もない時期で、原告文章の後遺症の内容も右足の短縮は予想されていたものの、その余は必ずしも明らかではなく、その限りでは損害が十分に把握できない状況の下での示談であつたと認められ、右時点のみで判断する限りは示談が本件事故による損害一切について有効に成立したとは軽々に断定し得ないところであるが、更に、その後、後遺症の内容も十分明らかとなつた昭和四四年一二月頃、被告太と原告文章との間において、既払分に加えて後遺症に対する自賠責保険金を原告文章において受領取得する旨の話合が成立しており、右認定の経過に照らせば、右話合は、いわば事情の変化に対応して、昭和四三年七月一日の示談金額を更に増額し、あらためてこれにより一切を解決する旨の合意をしたものと評価され、かつ、被告太において原告文章に対し支払つた金員の合計が証拠上明らかな分だけでも三、七〇七、五二一円(算式、四八五、三一一+二四二、二一〇+二八〇、〇〇〇+二、〇〇〇、〇〇〇+七〇〇、〇〇〇=三、七〇七、五二一)であつて、前記認定の原告文章が損害賠償として請求し得べき四、〇六六、六六六円と比較すると三六万円弱の差があるとはいえ、殆んど懸隔がないことを考慮すれば、少くとも自賠責保険金七〇〇、〇〇〇円の受領につき話合が成立した時点において、その余の請求権を一切放棄する趣旨の示談が有効に成立したというべきである。(なお被告の主張には右時点における示談の有効な成立の主張も含まれるものと解される)。

そして、右認定事実によれば、被告太は示談で約定された金員をすべて支払つていると認められるから、原告文章の被告太に対する請求はその余の判断をするまでもなく理由がない。

なお、原告は示談につき錯誤を主張するが、同主張の内損害の数額につき錯誤があつたとの点は右認定のとおり理由のないことは明らかであり、また示談に際し押川年晴が原告文章をその主張のような給料で雇う旨約したとの点は、本件金証拠によるも右事実を認めることができないので、原告の錯誤の主張はいずれも理由がない。

第七被告会社に対する示談の効力

被告会社は前記認定のとおり運行供用者として自賠法三条により、同様運行供用者たる被告太と共同して原告文章の本件事故による損害を賠償すべき債務を負担しているところ、右債務の性質は不真正連帯債務と解されるから、一方との示談に伴う債務免除の効力は、一つには債務の性質上通常の連帯債務と異なり、一つには不法行為における被害者保護の見地から、直ちには他方に効力を及ぼさないと考えるのが相当である。しかし、不真正連帯債務者相互間にも負担部分に応じて相互に求償の問題が生ずることを考慮すれば、不真正連帯債務者側における紛争終結の期待も全く無視し得ぬから、常に右のように解するのも相当ではなく、被害者においても一方当事者との示談において、紛争の一回的解決を意図し、他方当事者に対する損害賠償請求権を特に留保する旨意図していないような場合には、一方当事者との示談の効力を他方当事者に及ぼしても特に不都合はないと解される。

右の見地から本件についてみるに、前記第六認定の示談の経過からも明らかに看取されるとおり、原告文章は示談の当事者として被告太を相手とし、しかも、ほぼ当裁判所の認定した請求し得べき賠償金額に近い金員を示談により取得しているのであるから、原告文章は被告太との示談において本件事故による一切の損害につき解決することを意図していたもので、特に被告会社に対し更に賠償請求権を留保する意図はなかつたものと容易に推認される。

従つて、前記見地からして、被告太との示談の効力は被告会社にも及ぶと解されるから、結局原告文章の被告会社に対する請求もその余の判断をするまでもなく理由がないことになる。

第八結論

よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村正策 小田泰機 菅英昇)

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